「懲戒解雇……」
今泉は、自分で口に出してみて、より一層その重みを感じていた。
これは、解雇をテーマにしたショートストーリーです。
舞台は、架空の商社・林檎物産。
人事係長の今泉は、上司である人事部長から、営業課長・田中の解雇予告除外認定の申請を行うよう指示されます。
かつて、ただならぬ関わりのあった田中が、会社の金を横領した——。
その事実に動揺しながらも、今泉は、労働基準監督署に相談しながら手続きを進めていきます。
全5話でお届けするショートストーリー。
今回はその第2話です。
このショートストーリーは、拙著
『知らなかったでは済まされない労働者の解雇に関わるルールについて元労働Gメンが解説!』
の一部に収録されているストーリーをもとにしています。
本編のあとには、解雇に関する簡単な解説を付しています。
本編:STORY2▶「彼との馴れ初め」
「懲戒解雇……」
今泉は、自分で口に出してみて、より一層その重みを感じていた。
(田中さんを懲戒解雇する手続きを、私がやることになるなんて……)
今泉は自然と、田中とのことを思い出していた。
十年前――。
当時、今泉の配属は総務課だった。
担当業務の中に営業経費の精算があったが、五十人を超える営業職の経費を確認して精算処理をするのはかなり骨が折れる作業だ。
当時、営業経費の申請は、営業が各自エクセルに経費情報を入力し、それを今泉にメールで送信するとともに、領収証の現物は総務課に持参してもらう方法をとっていたのだが……。
「鈴木さん! いつになったら領収証提出してくれるんですか? 締め切りはとっくに過ぎてます!」
今泉は営業部のフロアに来ると、営業の鈴木をつかまえて領収証の提出を要求した。
「わーかってるって! 今度もってくから」
鈴木は虫でも追い払うかのように、今泉の方を見もせず手をひらひらと振った。
今泉も簡単には引き下がれない。鈴木の分だけ業務が滞っているのだ。
「今度って、一体いつですか? 先月もそう言って……鈴木さんの分は二か月分たまっているんですよ」
「あーもう、うるせえなぁ! これから取引先に出かけるんだよ!」
鈴木は勢いよく自席から立ち上がると、今泉を睨みつけた。
「あのなあ、俺は営業なんだよ! 金を稼いできてるのは俺ら! その金で、あんたら総務課の給料は払われてんの。わかる?」
立ち上がった鈴木は思ったよりも大柄だった。今泉は思わず後ずさりしたが、怒りのスイッチが入ってしまったらしい鈴木はじりじりと今泉に詰め寄ってくる。
「俺らが稼いでこなけりゃ領収証もクソもねえの! 営業活動が優先に決まってるだろ? 領収証、領収証って、騒ぎ立てんなよ!」
もう一歩後ずさりした時、今泉の背中が何かにぶつかった。驚いて振り向いた瞬間、頭上から男性の声が聞こえてきた。
「鈴木。いいかげんにしないか」
今泉の後ろには、いつのまにか営業第一課の田中が立っていた。後ずさってきた今泉の両肩を優しくつかんで受け止めると、落ち着いた声で鈴木をたしなめている。
「た、田中主任」
(この人が、営業のエースの田中さん……)
総務課の女性陣の間では、イケメンで仕事のできる営業マンとして田中の人気は高い。
(噂には聞いていたけど、領収証の提出が遅れたこともなかったから、今まで直接お話したことはなかったけど……)
「お前が営業の仕事を頑張っているのはわかる。だけどな、お前ひとりの力でその頑張りが引き出せているわけじゃないぞ」
「……」
先ほどまではあれほど吠えていた鈴木だが、先輩に叱られて雨に濡れた子犬のようにシュンとしている。
「事務処理能力だって、営業職に必要なスキルだ。総務課の人を困らせているようじゃ、優秀な営業マンとは言えないぞ」
結局、田中にたしなめられた鈴木は、営業先から戻り次第領収証を提出すると約束してくれた。
鈴木が外出するのを見届けると、今泉は改めて田中の方を向いた。
「あの……本当にありがとうございました。私、総務課の今泉と申します」
「知ってるよ」
「えっ?」
驚いている今泉を見て、田中はニコッと白い歯を見せた。
今泉は、田中の爽やかな笑顔を見つめながら、自分の体の中心からドキンドキンという音がしてくるのに気が付いたのだった。
ーSTORY3につづくー
解説:解雇予告と解雇予告手当のポイント
労働者を解雇する場合には、あらかじめ知っておくべき基本ルールがあります。
その代表が「解雇予告」と「解雇予告手当」です。
まず、解雇を行う場合、原則として「少なくとも30日前」に解雇の予告をしなければなりません。
ここで注意したいのは、30日の数え方です。
解雇予告をした日の「翌日」から数えて30日以上必要となるため、日付の設定を誤ると違法な解雇となるおそれがあります。
例えば、6月30日付で解雇する場合には、何月何日までに予告しておく必要があるのか?
答えは、5月31日までです。6月1日ではありません。
解雇予告は「翌日から数える」ためです。
日数のカウントは実務上よく間違えやすいポイントです。
なお、これらの日数の考え方については、著書では図解でわかりやすく解説しています。
一方で、やむを得ず30日前の予告ができない場合もあります。
そのような場合には、「解雇予告手当」を支払う必要があります。これは、30日分以上の平均賃金を支払うことで、予告の代わりとするものです。
例えば、20日前に予告した場合には、残りの10日分を支払うという考え方です。
さらに、解雇予告手当は支払い時期にも注意が必要です。
解雇日までに支払わなければならず、即日解雇の場合にはその日に支払う必要があります。
解雇予告と解雇予告手当は、手続きを誤ると、労働基準監督署から違法な解雇と判断されかねない重要なルールです。
基本を正しく理解しておくことが、トラブルを防ぐ第一歩となります。
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