労働Gメンは突然に season2:第3話「17時までの労働者」

労働基準監督官のお仕事小説、労働ジーメンは突然に、シーズン2、第3話17時までの労働者 お仕事小説
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1/10:第3話〈前編〉を公開しました!

登場人物

時野 龍牙 ときの りゅうが 23歳
新人の労働基準監督官。K労働局角宇乃労働基準監督署第一方面所属。監督官試験をトップの成績で合格。老若男女、誰とでも話すのが得意。

加平 蒼佑 かひら そうすけ 30歳
6年目の労働基準監督官。第一方面所属。時野の直属の先輩。あだ名は「冷徹王子」。同期の麗花にプロポーズ(season1・第6話)するも返事を保留されている。

紙地 嵩史 かみじ たかふみ 43歳
20年目の労働基準監督官。第一方面主任。時野と加平の直属の上司。加平の過激な言動に心労が絶えない管理職。

高光 漣 たかみつ れん 45歳
22年目の労働基準監督官。安全衛生課長。おしゃべり好き。意外と常識人。美人の先輩を追いかけて監督官に。妻は関西出身。

有働 伊織 うどう いおり 37歳
15年目の労働基準監督官。第三方面主任。労働基準監督官史上最もイケメン。バツイチ。部下の夏沢にほの字。

夏沢 百萌 なつさわ ももえ 29歳
7年目の労働基準監督官。第三方面所属。人からの好意にも悪意にも疎い。加平が苦手だったが、ある事件(season1・第4話)をきっかけに気になる存在に?

伍堂 快人 ごどう かいと 25歳
新人の労働基準監督官。S労働局所属。時野の同期。「初めて会った気がしない!」という口説き文句が口癖で惚れっぽい性格。

本編:第3話「17時までの労働者」

〈前編〉

§1

 角宇乃かくうの市の中心部に所在する明多町あきたまちは、K県内でも有数の飲み屋街だ。

 居酒屋はもちろん、バーやスナック、遊技場に風俗店といった夜の店のネオンが、途切れることなく並んでいる。

 そんな明多町の中でも少し静かなエリアに、スナック『あぷりこっと』はある。

 こげ茶色のドアについている木製の取っ手は、これまで数多くの客が握ってきたために、なんともなめらかでいい手触りで、それはさながら『あぷりこっと』の居心地と似ている。

 温かみのある店内で客を迎えるのは、『あぷりこっと』を20年切り盛りしてきた『ママ』だ。

 年齢は40代半ば……いや、若々しい動きを見ると、30代後半と言われても通るかもしれない。

 美人ではないが、赤い口紅がよく似合って男好きのする笑顔は、数々の常連客を虜にしている。

 その温かみのある木製の取っ手を引いて、今日も常連客が来店する。

「ママ、来たよ!」

 入ってきた客の顔を見ると、ママは人懐っこい笑顔で出迎えた。

「あら、高光さん。いらっしゃい。今日は、労働局のお仲間もご一緒?」

 高光課長の後ろからぞろぞろと店内に入ってきたのは、紙地一主任、有働三主任、夏沢、永渡ながと、そして時野だ。

 時野が無事に労働大学校での前期研修を終えて角宇乃労働基準監督署に戻ってきたので、今日は方面と安全衛生課の職員が集まって、時野の『お帰り会』を開催してくれたのである。

 明多町にある居酒屋での一次会を終えて、有志で二次会に行くことになり、高光が行きつけのスナックに皆を連れてきたのだ。

「今日は、新人の研修おかえり会してたんだ」

 高光課長は時野の両肩をつかむと、カウンターに立つママの前にぐっと押し出した。

「ママ、これがうちの有望な新人! 以後お見知りおきを。ほら、時野くんも。ここはうちの職員が常連の店だから、ママの覚えはめでたい方がいいよー」

 時野がおそるおそるママの方を見ると、頬を染めながら満面の笑みで時野を見ていた。

(う……)

 そんなママを見た高光課長は、口を尖らせた。

「ちょっとちょっとぉー! 何だよその表情! ママって、こういう若くてぼんやりした男が好みなんだっけ?」

 すでに一次会で出来上がっている高光課長は、誰にでも絡みがちだ。

(ぼんやり……い、言い方! さすがにイケメンとは言わないけど)

 時野は無言の視線で高光課長に抗議したつもりだったが、高光課長は時野の方をチラリとも見ない。

「やだ、高光さん。そんなんじゃないわ。新人さんがとっても初々しいから、つい目を奪われただけよ」

「じゃあやっぱり、ママのいい人って、あの常連さん?」

「え?」

 その時、あぷりこっとの入り口のドアが開き、一人の紳士が入店した。

「あら、佐伯さん。いらっしゃいませ」

 佐伯と呼ばれた50歳前後と思しきその紳士は、上等なスーツに品のいいネクタイをしめて、シンプルな革のビジネスバッグを下げていた。

「そーだ! 佐伯さん!」

 高光課長は、佐伯を指さしてから、ママの方を振り向いた。

「佐伯さんがママのいい人なんでしょ?」

 それを聞いた佐伯は、笑いながらカウンター前の背の高いスツールに腰かけた。

「高光さん、誤解ですよ」

 同じく常連である高光課長は、佐伯とも顔見知りらしい。

「彼女とは古い知り合いなんです。気心が知れているから居心地がよくて、よくお店に寄らせてもらっていますけど、高光さんが心配するような仲じゃありません」

「そうよ、高光さんたら」

 ママもくすくすと笑いながら、佐伯におしぼりを出している。

「そーかなー?」

 納得していない様子の高光課長の袖を、時野が引っ張った。

「課長、もうみんなあっちに座ってますし、そろそろ……」

 見ると、角宇乃労働基準監督署の面々は先にボックス席に落ち着き、メニューを見ながら注文の相談をしている。

「それもそうだね」

 高光課長が意外とあっさりと引いてボックス席へ向かったので、時野はホッとしたのだが、まだ話は終わっていなかったようだ。

「時野くんは、どう思う?」

「どう、とは……?」

「聞けばママも佐伯さんも独身らしいんだよ。その上、あの雰囲気……」

 高光がカウンターの方を振り返ったので、時野もつられて振り返る。

 カウンターを挟んで、ママと佐伯が談笑しているのが見えた。

 佐伯の言う、気心が知れた仲というのは本当らしい。2人が醸し出す雰囲気は、スナックのママとただの客にとどまらない空気感であることは間違いない。

「はあ……まあ……どうなんでしょうね?」

「ママはあの通りの魅力的な人だし、これまでも度々常連客が口説いてきたわけ。だけどちっともなびかないのよ」

 高光課長は時野に肩を組むと、声のボリュームを落として続けた。

「俺が思うに、それは本命がいるからじゃないかってね。佐伯さんは上場企業の重役らしくて、エリートサラリーマン。水商売のママとすんなり結婚というわけにはいかなくて、内縁関係なんじゃないかなと、俺は思う!」

 鼻息荒く解説した高光課長に、ボックス席から声がかかった。

「課長、飲み物なんにしますー?」

「ごめんごめん、みんなはもう決まった? 俺はハイボールにするかな。ママ、注文お願い!」

 はあーいという声が聞こえると、ママがボックス席に注文を取りに来た。

(ん?)

 時野が視線を感じて振り返ると、佐伯がじっと時野を見つめていたのだった……。

§2

「それでは改めまして。時野くん、前期研修おつかれさまでした!」

 時野のビールグラスの前に、皆のグラスが集まる。

「ありがとうございます!」

 こうやって同僚たちが集まってくれると、自分が角宇乃労働基準監督署の一員になれた気がして、時野は素直にうれしくなった。

「ところで、前期研修では事件とか起こらなかったの? 刃傷沙汰とか恋の争いとか?」

 そう質問してきたのはもちろん、ミーハー筆頭の高光課長だ。

「いえ、そういったことは特に……」

 時野の答えに、高光課長は不服そうに口を尖らせた。

「なあんだ、最近の新監はおとなしいなー。新監研修と言えば、数々の伝説があるのに。ねえ、一主任?」

 高光課長が、向かいの席でビールを飲んでいる紙地一主任に話を振る。

「まあ、そうですね。そう言う高光課長の代では、何か起こったんですか?」

「おおっと、よくぞ聞いてくれました! 俺の新監研修ではねー……」

 紙地一主任の絶妙な合いの手で、高光課長が得意げに語り始めるのを見て、時野はホッとした。

(本当は、色々あったんだけど……)

 労働大学校の前期研修では、高所作業車に乗る実技演習が行われたのだが、同期の伍堂のフルハーネスのストラップが切断され、高所恐怖症の伍堂にパニック発作を起こさせる事件が発生した。(season2・第1話

 時野の推理で浮かび上がった犯人は、同期の上城乃愛。伍堂の意中の女性だ。

 伍堂の「初めて会った気がしない!」というお決まりの口説き文句が乃愛に誤解を与えたことが原因の事件で、誤解と分かった今は円満解決。同期としての交流が続いているようだ。

(雨降って、地固まる。それで2人がいい雰囲気になってまとまるのかと思ったんだけど……)

 伍堂から新たに持ち込まれた問題は、伍堂が一目惚れをした思い人探し。

 K労働局・縦浜南署の職場見学に参加した伍堂は、飛び入り参加した女性監督官に一目惚れしたのだが素性を聞き忘れてしまい、K労働局の同期である時野に探し出すよう依頼したのだ。(season2・第2話

 紆余曲折はあったものの、もう1人の意中の女性(?)である女性監督官を無事発見できたので、伍堂は大喜びで時野に礼を言っていたのだが……。

(ていうか、労働大学校に研修に行ってからというもの、伍堂に振り回されっぱなしじゃないか? それに……)

 時野の脳裏に、縦浜駅での情景が浮かぶ。

 労働大学校での前期研修の最終日。縦浜駅で別れた時、改札を通る前に伍堂は――。

『俺、お前の秘密、知ってるよ!』

 伍堂はニッと笑うと、続けて言ったのは――。

『だから……これからもよろしくな・・・・・・・・・・

 時野はぶるぶると身震いした。

(伍堂のヤツ……どういうつもりなんだよ)

 伍堂から時折発せられる得体の知れない圧のようなものが、なんとも不気味だ。

 だが一方で、伍堂本人はカラッと明るく前向きな人柄で、どことなく憎めないから不思議だ。

(めちゃめちゃトラブルメーカーだけどな。その上……)

『実は俺、子供の頃に誘拐されたらしくて、親がトラウマみたいになっててさ』

 先日時野の自宅に泊まった時、突然伍堂がそんなことを言い出したのだ。

 もちろん、時野は詳細を尋ねてみた。

『それがさー。正直言って、あんまり覚えていないんだ。何しろ、俺が2歳の頃の出来事らしいからな』

 伍堂が2歳ということは、20年以上前の出来事ということだ。

『俺って、当時はほとんどしゃべらない子供だったらしくてさ。保護された後も、誘拐されていた間のことを何も話さなかったらしいんだ』

 2歳ならばまだあまりしゃべれなくても不思議はないが、伍堂は簡単な単語すら発しない無口な幼児だったらしく、それが誘拐事件の後も続いたので、随分両親が心配したのだと言う。

(黙っていると死ぬんかってぐらいよくしゃべる伍堂が、子供の頃とはいえ、しゃべらないタイプだったっていうのもビックリだけど)

『あ、でも心配はいらないぜ! 誘拐事件は警察が解決して、犯人は捕まったんだ。だから俺は別に大丈夫なんだけど、子供が行方不明になったトラウマが親の方に残っちゃってさ。それで、こんなにイケメンの大人に成長したのに、今だに無事を知らせる定時連絡してるってワケ』

 伍堂はいつも通りカラッと明るい笑顔でそう説明したが――。

(本当に、それだけなのか?)

 時野はスナックの喧騒の中で目を閉じた。頭にもやがかかったように、伍堂のことは色々とすっきりしないのだった……。

§3

「なんだよ? 何か言いたいことがあるのか」

 月曜日の朝から、時野は加平に睨みつけられていた。

「えーと、いえ、別に……」

 時野が角宇乃署に出勤すると、加平は珍しく先に来ていた。

(いつも始業ギリギリまで煙草吸いに行ってるのに、珍しい)

 心の声が顔に出ていたのか、加平は不快そうに時野を見上げた。

「……」

 それでもなお時野がじっと見てくるので、加平はバツが悪そうに目をそらしてしまった。

(なんか、あるんだな)

 加平の後輩となって、3か月以上経過していた。

 途中、労働大学校に行っていた期間があったものの、角宇乃署で最も行動を共にしている先輩は、やはり加平だ。

 加平は良くも悪くも裏表のない性格だ。最初こそ怖い存在だったものの、時野はすっかり加平になついていた。

 そして、そんな存在だからこそ、加平の様子の些細な違いにも気がつく。

 加平の『何か』を見逃すまいと、業務が開始してからも、時野は隣の加平に神経を集中させた。

(気になる! でも、業務をしながら加平さんの様子を探るの、消耗するなー)

 しかし、そう長く様子を窺う必要はなかった。

 始業から30分ほどで、あっさりと加平の『何か』は判明した。

 加平が突然立ち上がり、小走りで受付カウンターに近づいていく。

 時野も慌てて追いかけると――。

(あっ!)

 受付カウンターの向こうには、女性が2人立っていた。

 そのうちの1人の顔を見て、加平の様子が朝からおかしかった理由がよくわかった。

「すみません、一方面の加平さんを……」

 受付で用件を伝えながら、長くて艶のある黒髪を耳にかけたその女性は――。

「れい……」

 加平が言いかけた後ろから、時野が大きな声を上げた。

「麗花さん!」

「えっ、時野くん? わー、久しぶりー」

 麗花が時野に向かって笑顔で手を上げた。

「は? 時野、なんで」

 自分が一番に出迎えようとしていたのに、後ろから時野に追い越された加平は、不服そうだ。

「麗花さん、お会いできてうれしいですけど、今日は一体どうしたんですか?」

 黒瀬麗花は元労働基準監督官で、加平の同期だ。

 同じく労働基準監督官であった父親の死の真相を確かめようとした麗花は、色々と問題を起こす結果となり、最終的に退職の道を選ぶことになった。

 麗花の父の死について調べる中で、加平の後輩として時野が協力したことから、麗花と知り合ったのだった。(season1・第7話第8話

「実はね。こちらの石山花音いしやまかのんさんの力になってほしくて、加平くんに時間をとってもらったの」

 そう言いながら、麗花が後ろに立つ女性に目配せをした。

「石山花音と申します」

 少女が丁寧に頭を下げると、ポニーテールにまとめた長い髪がさらりと肩から滑り落ちた。

 すらりと背が高く、ショートパンツから出た長い脚は健康的に日焼けしている。

(JKかな?)

 時野は麗花と花音を相談窓口に案内すると、加平と共に2人の正面に座った。

「実は、花音ちゃんのお父さんが亡くなったの」

「亡くなった?」

「はい。心筋梗塞でした。自宅で倒れて……すぐに救急車を呼びましたが、3日後に息を引き取りました」

 女子高生の父親と言えば、40代から50代だろうか。中年と言われる年齢であれば、脳疾患や心臓疾患を発症しても珍しくない。

(父親が心筋梗塞で亡くなったことで、労働基準監督署に相談する理由と言ったら……)

 時野が加平を見ると、花音が次の言葉を発するのを黙って待っている様子だ。

 花音は、意を決したようにこう切り出した。

「父は……過労死したんです!」

ー〈中編〉に続くー

〈中編〉

1/17(金)公開予定

〈後編〉

1/24(金)公開予定

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