田中の解雇予告除外認定申請は、申請から一週間で認定となった。
「あの……なんとなく思ったんですけど、もしかして、今泉さんと田中さんって、昔なんかあったんですか?」
これは、解雇をテーマにしたショートストーリーです。
舞台は、架空の商社・林檎物産。
人事係長の今泉は、上司である人事部長から、営業課長・田中の解雇予告除外認定の申請を行うよう指示されます。
かつて、ただならぬ関わりのあった田中が、会社の金を横領した——。
その事実に動揺しながらも、今泉は、労働基準監督署に相談しながら手続きを進めていきます。
全5話でお届けするショートストーリー。
今回はその最終話です。
このショートストーリーは、拙著
『知らなかったでは済まされない労働者の解雇に関わるルールについて元労働Gメンが解説!』
の一部に収録されているストーリーをもとにしています。
本編のあとには、解雇に関する簡単な解説を付しています。
本編:STORY5▶「彼の認定書の受取と、それから」【完】
田中の解雇予告除外認定申請は、申請から一週間で認定となった。
労働基準監督署からの聴取の連絡に田中はすぐに対応し、全面的に横領を認めたので、すみやかな認定につながったようだ。
認定書の受け取りのため、今泉は内海を伴って角宇乃労働基準監督署へやってきた。
「今泉さん、お待たせしました。こちらが認定書です」

都仁井監督官から書類を受け取ると、こちらから提出した申請書類一式がホッチキスで閉じられ、一番表の申請書には「本件、認定する」という朱色のスタンプと共に労働基準監督署長の印が押印されていた。
「ありがとうございます……。結局認定の対応も都仁井さんにしていただいて、大変お世話になりました」
「いえいえ、事前にご相談いただいていたから書類もばっちりそろっていましたし、対象労働者の方も協力的でしたから、スムーズに認定することができました」
今泉は都仁井監督官に礼を言うと、角宇乃労働基準監督署を後にした。
「よかったですね、認定になって」
社有車を運転しながら、内海が言った。
「うん……そうね」
「あの……なんとなく思ったんですけど、もしかして、今泉さんと田中さんって、昔なんかあったんですか?」
内海の意外と鋭い問いかけに、今泉は苦笑した。
「なーんにも、ないよ。なにかあった方がよかったかもしれないけど」
「?」
帰社すると、すぐに門倉が今泉を呼んだ。
「田中が五百万円を全額返金したぞ」
「えっ!」
(返すあてはないって言っていたのに、急にどうして……)
「さっき、奥さんと一緒に現金で持参したよ。どうやら、奥さんが親父さんに泣きついて出してもらったようだな」
「奥様のお父様ということは、元専務の……」
「ああ。その元専務から社長にも連絡が入ったようだ。『何卒穏便に頼みます』とな。せっかく認定書を受け取りに行ってもらったのに悪いが、それは使わないことになりそうだ」
「えっ?」
「懲戒解雇ではなく依願退職扱いで調整することになるだろう。元専務は林檎物産の黎明期の立役者だからな。今は退いたと言っても、林檎物産の礎を築いた元専務の功績は大きい。社長も無下にできないんだよ」
今泉は突然の展開に言葉が出なかったが、田中が訴追されるようなことにならずに済んで、心からホッとした。
「ああ、それから、田中が会いたがっていたぞ。さっき帰ったばっかりだけど、玄関ホールで会わなかったか?」
今泉は、門倉に返事もせずに駆け出した。
玄関ホールから外に出ると、田中の後ろ姿が見えた。
「田中さん!」
田中が振り返った。今泉に気が付くと、隣にいた妻に何か言って、今泉のところに駆け寄ってきた。
「今泉さん! よかった、会えて」
今泉は、ぜーぜーと肩で息をしながら田中を見上げた。
今日の田中は、先日と違って晴れやかな表情をしている。
「あの……五百万円を返金されたって聞いて……よかったです」
「うん。恥ずかしながら、義父に立て替えてもらったんだ。義父には借金の方まで用立ててもらってね」
今泉は、離れたところに立っている田中の妻をちらりと見た。
「奥様とは……」
「ああ、うん。妻が義父に頼んでくれたんだ。俺としては、てっきり離婚することになるかと思ったんだけど……あいつ、別れる気はないって言うんだ」
田中は首の後ろに手を当てながら、照れくさそうに笑った。
「義父は林檎物産を勇退後、埼玉で義母の実家が運営する幼稚園を手伝っているんだけど、俺も妻と一緒にそこで働かせてもらうことになってね。色々あったけど、一からスタートを切れそうだよ」
(そうなんだ……よかった……)
「今泉さんには、本当に心配をかけたね。ありがとう」
田中は後方で待つ妻を少し気にするそぶりをしたが、思い切ったようにこう言った。
「今泉さん、最後に……握手しても、いいかな」
田中が今泉の方に右手を差し出した。
「……」
今泉は、差し出された田中の手をしばらく見つめていたが――。
「えっと……ごめん、厚かましくて」
握り返されない右手を田中は引っ込めようとしたが、今泉はその手をつかむと、両手でぎゅっと握りしめた。
「!」
「田中さん、どうかお元気で!」
今泉が最後の目いっぱいの笑顔を田中に向けると、田中からは十年前と同じ爽やかな笑顔が返ってきたのだった。
ー【完】ー
解説:解雇予告除外認定とは――思っているよりも“狭き門”
通常、労働者を解雇する場合には、30日前に解雇予告をするか、即日解雇であれば解雇予告手当を支払う必要があります。
ただし、会社側にこうした義務を常に課すのは酷といえるケースもあります。
そこで設けられているのが、解雇予告除外認定制度です。
これは、会社が労働基準監督署長に申請し、認定を受けることで、解雇予告や解雇予告手当の支払いなしで解雇できる制度です。
認定の対象となる解雇は、大きく二つの種類があります。
ひとつは、天災事変などのやむを得ない事情によって事業の継続が不可能になった場合。
もうひとつは、労働者に重大または悪質な責任がある場合です。
前者はかなり限定的です。大地震など、事業主にとって不可抗力といえる事情で、事業の全部または大部分の継続が不可能になった場合に限られます。
実務上、圧倒的に多いのは、後者の「労働者に重大又は悪質な責任がある場合」です。
ただし、ここでいう「重大又は悪質」は、会社側が感じるものよりもはるかに限定的に判断される点に注意が必要です。
なお、代表的なケースは、事業場内外における刑法犯に該当する行為です。
私が労働基準監督官時代に実務として扱った感覚では、解雇予告除外認定の申請は、体感的に半分ほどが金品の横領でした。
ほかにも、窃盗、盗撮、飲酒運転などを理由とした申請がありました。
会社からの申請内容をもとに、労働基準監督官が対象労働者への聴取などを行い、その結果を踏まえて、監督署内での協議を経た上で、最終的に認定するかどうかが判断されます。
このように、解雇予告除外認定制度は、会社が思うよりもはるかに厳格な基準のもとで判断される制度です。
解雇予告除外認定制度の具体的な認定基準や、申請から認定までの流れについては、著書でより詳しく解説していますので、あわせて参考にしてみてください。
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このストーリーを、実務ではどう判断するか
この連載ストーリーの元となった著書では、次のような解雇の知識について解説しています。
このショートストーリーにのせて、人事担当者の視点から会話形式で展開しており、実務で起こりがちな場面をイメージしながら理解できる構成となっています。



