彼と解雇予告除外認定と私|STORY1▶「彼の犯罪」

元労働Gメンの視点

「それ、本当なんですか。
 500万円の横領って……」

これは、解雇をテーマにしたショートストーリーです。

舞台は、架空の商社・林檎物産。

人事係長の今泉は、上司である人事部長から、営業課長・田中の解雇予告除外認定の申請を行うよう指示されます。

かつて、ただならぬ関わりのあった田中が、会社の金を横領した——。

その事実に動揺しながらも、今泉は、労働基準監督署に相談しながら手続きを進めていきます。

全5話でお届けするショートストーリー。
今回はその第1話です。

このショートストーリーは、拙著
知らなかったでは済まされない労働者の解雇に関わるルールについて元労働Gメンが解説!
の一部に収録されているストーリーをもとにしています。

本編のあとには、解雇に関する簡単な解説を付しています。

本編:STORY1▶「彼の犯罪」

「それ、本当なんですか。500万円の横領って……」

人事係長の今泉の顔は青ざめていた。

「ああ、間違いない。田中も認めているそうだ」

今泉の問いに対して、人事部長の門脇が答えた。

2人がいるのは、林檎物産株式会社の人事部に併設された会議室。

昼休みが終わる直前、自席でコーヒーを飲んでいた今泉は、門脇部長から「急用」と告げられ呼び出されたのだ。

林檎物産は昨年創業30周年を迎え、様々な新しい事業に乗り出そうと勢いがついているところだ。

その勢いに水を差すかのような横領事件が、営業部で起こったのだと言う。

(営業第一課の田中課長と言ったら、確か勤続20年になるベテランのはず……)

「まだ処分が確定したわけではないが、解雇は避けられないだろう。それで、今泉係長にはその準備をしておいてほしい」

「準備、ですか」

「ああ。不正が理由とは言え、解雇は大ごとだ。法律的なところを整理しておいてほしい。後になって会社側が揚げ足を取られるような事態は絶対に避けなければならない」

今泉が人事係に配属されて10年になるが、その間、従業員を解雇した事例は片手の数にも満たないはずだ。

(ましてや、私が人事係長になってからは、ゼロだわ)

「それから、確か、労働基準監督署に申請して解雇の認定を受ける制度があったはずだ。必要となればすぐに申請できるよう調べておいてほしい」

解雇予告除外認定制度――。

今泉も、制度の名称は聞いたことがある。

(労働基準法の勉強をした時に、解雇予告除外認定制度というものがあることは知ったけど、林檎物産でも申請の実績はほとんどないはず)

「田中課長は、今どうされているんですか」

「自宅待機させている。来週、役員を招集して懲罰委員会を開く。そこで正式に処分を決定する予定だ」

(来週……ということは、あまり時間がない)

「それから、役員以外でこの件を知っているのは、田中の下にいる課長補佐と君だけだ。内密に調べてくれるよう頼む」

「わかりました……」

「それから、内海を補佐に使ってくれ」

「え……内海さん、ですか?」

内海は、3か月前に営業部から異動してきた若手社員である。

現在今泉の下で人事について勉強中だが、まだまだ戦力とは言い難い。

「内海は営業部のことを把握しているから助けになるだろう。営業第三課だったから、第一課の田中と直接的な仕事のつながりはなかったはずだ。その点問題はない」

「わかりました……」

門脇部長との話を終えて、今泉は自席に戻った。

飲みかけだったコーヒーは、すっかり冷めきっていた。

隣の席に座っている内海をじーっと見てみる。

「今泉さん? なんすか?」

今泉の視線に気づいて、内海が振り向いた。

内海は20代半ば。今泉とは10歳ほど歳が離れている。

「ええと……『解雇』について研修したことは、まだなかったわよね」

(日々の業務に即必要な、「労働時間」「賃金」「年次有給休暇」あたりはとりあえず教育済みだけど)

「はい、まだです!」

内海が明るく答えたので、今泉は少しくらっとした。

(私も、人のことは言えない。解雇の知識は机上のみ。念のため一から勉強する必要がありそうね……。そうだわ、先日お世話になった、労働基準監督署のあの人に相談してみよう)

「それじゃあ、明日からしばらく『解雇』について勉強しましょ」

「了解です!」

なんの疑問も持たずに素直なところは内海の長所だと言える。

(それにしても、田中さん、どうして……)

10年前の田中との会話を思い出しながら、今泉は困惑の表情を浮かべたのだった……。

STORY2につづくー

解説:解雇の種類と解雇予告除外認定制度

「解雇」と一言でいっても、その種類は一つではありません。

実務上は大きく「整理解雇」「普通解雇」「懲戒解雇」の3つに分けて考えます。

まず「整理解雇」は、会社の経営悪化などを理由に人員削減を行うもの――いわゆる「リストラ」にあたります。

ただし、経営上の理由があれば自由に解雇できるわけではなく、裁判例で示された「整理解雇の4要件」を満たす必要があります。

人員削減の必要性、解雇回避努力、対象者選定の合理性、十分な説明と協議――これらを欠くと、解雇は無効と判断される可能性があります。

次に「普通解雇」は、整理解雇や懲戒解雇には当たらないものの、労働者を雇い続けることが難しい場合に行われます。

例えば、指導しても業務が改善されない、遅刻や欠勤が多いといったケースです。問題はあるものの、懲戒というほど重大ではない、という位置づけです。

そして「懲戒解雇」は、就業規則の規定に違反する重大または悪質な行為があった場合に行われます。

犯罪行為や無断欠勤の長期化、会社に重大な損害を与える行為などが典型です。

多くの場合、退職金不支給などの不利益が伴うため、どのような場合に懲戒解雇とするのかは、就業規則で明確に定めておくことが重要です。

実務上よく問題になるのが、「普通解雇」と「懲戒解雇」の線引きで、この判断を誤ると、後にトラブルへ発展する可能性があります。

懲戒解雇の中でも、特に労働者の責任が重大な場合には、労働基準監督署長の認定を受けることで、解雇予告や解雇予告手当が不要となることがあります。

これが「解雇予告除外認定制度」です。

解雇の種類の違いを正しく理解することは、実務上のリスクを避ける第一歩です。